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タイちゃん

 タイ(泰史=たいし)ちゃんは、うちの次男だ。二歳の時の百日ぜきをこじらせて、肺炎となり、高熱が続いて重度の知的障害を背負った。その彼も、体格も大きくなり現在、特別支援学校の高等部二年生、思春期まっただ中だ。
 彼には奇矯な癖がある。母親への反抗が昂じて、着ているものすべて、脱ぎ捨てて境内に飛び出すのだ。境内だったらまだいい。今年になって、何度か町まで素っ裸で飛び出した。立派な刑法違反である。
 「タイちゃんが、うちの前を走っていったよ」「タイちゃんが今ここにいるよ」。いろんな方々が、電話でタイちゃんの居場所を教えてくれる。体をくるむ毛布をもって、携帯電話で情報をやりとりしながら、タイちゃん捜索が始まる。警察も心得たもので、二度目以降は簡単な事情調査で終わりとなる。
 親の責任として、地域の方に迷惑をかけたと反省する。それよりも、様々な人々から、タイちゃん情報が寄せられるのに、心から感謝する。
 都会ではこうはいかないと思う。十六歳の青年が裸で町を徘徊したら、一晩は警察のお世話にならなくてはいけないだろう。
 昔々、昭和三十年代、私が小学生の頃、多久の町にはアサオさん、ハットリさん、マンちゃんと今で言う知的障害、発達障害の方がおられた。街をうろうろし小学生をからかうのが趣味のアサオさん、生家の八百屋を手伝い五キロ先の市場まで毎朝、往復するハットリさん(先日久しぶりに法事でお会いしてお元気だった)、馬引きのマンちゃん。マンちゃんは、子どものおちんちんを握るのが癖だった。でも、子どもたちは、この三人に、半ば恐れながら、半ば楽しみとして出現するのを待ち焦がれていたような気がする。多久の町は温かく、時には厳しくこうした障害者を受け入れていた。
 厚生労働省が近年、「障害者との共生」と言い出した。何を今更と思う。高度成長期、障害者を町から引きはがし、山中のコロニーに隔離した犯人が厚労省だ。「共生」という言葉も新造語のように響くが、浄土宗は法然上人の教えの核心部分として「共生」の言葉を明治時代から使っている。
 タイちゃんの一件は、多久には、昔ながらの共同性が残っていることを、思い起こさせた。
「共同性」という難しい言葉を使わずともいい。顔見知りの社会が、どれだけ人に優しいか。そんな社会がこの日本にまだまだいっぱい残っていることを祈っている(住職独白)

| ポクポク木魚 | 10:53 AM | comments (0) | trackback (0) |

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